2017年5月13日、第5回JGIフォーラム「ビンガム公使の12年間-明治初期アメリカの対日外交」を開催いたしました。あいにくの天候にも拘らず、今回のワークショップには、海外志向の学生や社会人の方が参加しました。

スピーカーには、米国商務省の外交官として、四半世紀にわたりアジアを舞台に活躍されてきた元米国大使館外交官サムエル・キッダー氏を迎え、講演を頂きました。今回は、日米外交の黎明期を取上げ、第6代駐日米国ビンガム公使が対日外交の中で、いかに貢献したかを色々なエピソードを交え、講演されました。

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概要

主催:一般社団法人日本グローバル・イニシアティブ協会
日時:2017年5月13日(土)14:00–17:00
場所:エムワイ貸会議室高田馬場
住所:東京都新宿区高田馬場1-29-9 TDビル3階
 
 

スピーカー

サムエルキッダー

サムエル・キッダー氏

Mr. Samuel H. Kidder

元米国大使館商務担当公使

元米国商工会議所専務理事


米国商務省の外交官として25年以上にわたり日本、韓国、インドを中心に精力的に活動、在日米国大使館の商務担当公使を担当後、米国商工会議所(ACCJ、東京)専務理事として8年間勤務した。2015年に米国に戻り、現在は、日本の大手広告会社専属のクリエィティブ・ブティックの取締役を務めている。
ウィスコンシン州のベロイト大学卒業後、ハーバード大学で北東アジア地域研究の修士号を取得、その後シアトルのワシントン大学の大学院でさらに研鑽。また、韓国の延世大学でもフルブライト奨学生として学ぶ。

講演概要

当時は日米ともに、正に激動の時代。米国は、南北戦争前後で国内は混乱、外交的には、当初捕鯨のための太平洋進出が大きな課題だった。一方、日本は明治初期の動乱期であり、正に閉鎖国家であったが、明治の大改革が敢行された時代であった。

ビンガムは、リンカーン大統領のアドバイザー役に、またリンカーン暗殺裁判の検事も務め、ジョンソン大統領を弾劾した当時最も著名な政治家の一人であった。同氏は、第18代グランド米国大統領により日本の米国大使(当時の職名は公使)に任命される。このことから、米国が開国間もない日本を重要拠点として重視していたことが伺える。

ビンガムの着任時、大使館は外交拠点の体をなしてなかったが、善福寺にあった仮公館を引き払い、公館の外交機能を担うため色々な改善を行った。その結果、日米外交の窓口としての役割が短期間で飛躍的に進展し、日米関係は嘗てない強固な関係となった。

ビンガムは、米国の公民権運動立役者の一人であり、日本の不平等条約に強く異を唱えた異色の外交官でもあった。在任中には、条約改正の進展はなかったが、不平等条約の改正や廃止を強く主張する若手外交官の良きメンターとなり、離日後も引き続き大きな影響を残した。

因みに、ビンガムの在任期間は、11年10ヶ月に及び、歴代の在日米国大使の中で、日本で馴染の深いマンスフィールド大使の11年6カ月を超える最長の在職期間を持っているとのこと。

初期の日米外交を振返る時、今日の世界的に不確実性時代の新しい外交を考える上で、何か大きな示唆を与えてくれるのではないだろうか。

 
 

開催風景

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